風の向こう

年が明けて1月も、もう29日なのですね。時の流れは早い。これを12回と繰り返せば、もうひととせ、つまりは2012年も終わるのです。

 

「月日は百代の過客にして、行きかう人もまた旅人なり」

 

懐かしいセリフです。芭蕉ですか。久方振りにこれを唱えてみますと、そうだなと改めて実感します。

 

時は待ってはくれない。そもそも時は私自身の別称であり、この生そのもの。魂の刻む音が聴こえてくるような、またこないような。

 

午後の日も傾きかける、午後3時を過ぎた自宅にて。また今夜から旅に向かいます。小さな存在でしかない私に、果たして何ができるというのか。あの震災から10ヶ月余りを経て、今もなお、暗中模索の日々にあります。

 

あの津波とは、一体以って何だったのか。そう考えずにはいられない、この午後のひととき。まるで見えざる魂の声まで聴こえてきそうな、そんな部屋の一角で、やがて西陽も傾くと、ひとり安住の時に逃げ込む。光の中を。また埃ばかりの、この部屋の中を。

 

そういえば七草粥、ようやく数日前に食べられました。年が明け、6日に買ってから2週間近くを、閉ざされた冷蔵庫に放置していた、パック詰めの七草。しかしかろうじて間に合ったかたちです。その七草は、愛媛県西条市で生産されたものでしたが、私は2パックほど買いました。

 

七草の当日、つまり7日のこと、ツイッターで、放射性物質の心配の少ない西の方の七草を探されているかたがいましたので、そのかたに情報を伝えるため、西条の七草についてネットで調べていました。その折、気まぐれに懸賞に応募しました。

 

まだ七草粥も食べていない今月中頃、当選の旨がメールで届きました。応募が2口でしたので、より当たり易かったのでしょう。そして数日前に賞品が届きました。水麗しき西条で生産されたお米が5キロ。

 

このお米で七草粥なら申し分なかったはずですが、来年の愉しみとしたいと思います。私が来年も生きていたなら。

 

今これを打ち乍ら、ショスタコーヴィッチの交響曲第10番をヘッドフォンで聴いています。演奏はベルリン・フィル、そして指揮はカラヤン。81年2月録音、再生は初期西独盤。この耳の奥で、ちょうど終楽章のクライマックスあたりにさしかかるところです。

 

おどけた中にも、背筋も凍りつくような風刺の極み。この10番を聴くにつけ、同じ作曲家の残した4番を思い浮かべます。すなわちショスタコーヴィッチの交響曲第4番。この4番では激情と悲劇に満ちた世界も、こと10番においては「美しい悲劇」にまで昇華されている。これをして芸術の可能性を肌身に感じる次第です。

 

またつい先ほどでしたが、かつての古い番組を再放送する「NHKアーカイブス」で、86年放送のNHKの番組を視ました。内容は歌舞伎関連のものでした。そこには当時30歳だった中村勘九郎(十八代目・中村勘三郎)さんがとり上げられており、歌舞伎の難曲とされる「鏡獅子」に挑む姿が記録されていました。当時、勘三郎さんは2度目の「鏡獅子」に挑んでおり、その作品においては代表的な演者となっていた、祖父の六代目・尾上菊五郎の研究を通じて、この役を何とか習得せんと、また父である十七代目・中村勘三郎の支えも受けつつ研鑽を積む、といった内容のドキュメントでした。

 

ここで思いましたのは、古典芸能、或いは伝統芸術の「真価」についてです。そこで考えたい問題として、「世襲」というものがあります。世襲とは、その担い手の側を越えての、一種の社会システムでもあります。またそこには血族といいますか、同じ職業が子々孫々に渡り引き継がれていくといった、つまりは合理的であり、しかし乍ら別の側面では不合理なシステムの中を生きる人々の姿が浮き出されます。

 

私は「世襲」というのは「頽廃と進化の繰り返しにより清濁を孕む、綱渡り的な生存の形式」ではないかと思っています。ですから「名人に二代目なし」という言葉の通りで、たとえば最近の落語界などを見てみますに、あまりに落ちたと言わざるを得ません。

 

思い出すのは林家正蔵。名人と言われた人物ですが、その次の代が、林家三平でした。そして今の正蔵(こぶ平)さんに続く流れですが、とりわけ林家三平の苦悩は、世襲という問題を考える時にはよい見本となります。

 

三平という人は、父を越えようと七転八倒してもがき苦しみましたが、その結果が、あの個性的な「源平盛衰記」でしょう。一種の「変身」ですね。歌舞伎のような確固とした古典芸能、伝統芸術から見れば、この父から子への自由な伝承は、間違いなく「有り得ない」の一語でしょうし、より庶民(下町)的な落語界だからこそ、あの芸は是認されたのでしょう。

 

しかし、この三平の「変身」には、表面的な明るさとは別に、何かしら暗い影がつきまといます。それは一体以って何か。つまりはそれが、「世襲」そのものが抱える根本的な問題であり、この世に一度は生産され、そして人々に消費されたものを、また繰り返し提供するという行為の抱えるジレンマとでもいいましょうか。つまりは人間社会の営みにおける、そうした「反復芸術」の限界といいますか、「そもそも芸術とは何か」といった命題にまで、この問題は踏み込むものであると思います。

 

人は何故に芸術を生み出そうとするのでしょうか。そして生み出された芸術の、消費された後の生き場は、果たしてどこにあるというのでしょうか。

 

そこで私は思います。それは「風の向こう」だと。そして風に、執着の未練など要らないと。強い風、たとえば台風なら、雑念を激しく洗い流した結果、居留まることなく次の空へと去ってしまえばいい。それを私たちは、常に激情を求め、平凡な日々への抵抗として、台風を手軽に味わいたいと考える。人間とは何と安易であり、そして愚かな生き物なのでしょうか。

 

そうした世俗の安易な愚かさに、しかし表現者が本気で立ち向かう姿にこそ、この「反復芸術」の真価が問われているように思います。つまりは「できあい」の芸術を、過ぎ去った台風として平穏な今に再現しなければならないのですから。しかも人の手で。それはいわば、「疑似台風」とも言えるように思います。

 

しかし表現者は、逆にそれを逆手に取ることもできます。とはいえ、受け手である人間(観客)の感受性は一種の魔物であり、生身のものですから、逆手に取ったつもりが、こちらが逆に取られてしまうこともあり、本当の意味での致命的な「台風」となる危険さえ孕んでいます。

 

あくまで「本質的には」という但し書きを付けた上での、「致命的」な行為としての「反復芸術」について、しかし私は思うのです。「今の時代、芸術の出し手も受けても、台風の不安の目の中に居る」と。

 

そうした芸術を感じる居場所すら、みな足もとも何もおぼつかない不安的なもので、つまりは「基準」が曖昧にぶれているといった状況。たとえばそれは、研究における「基礎研究」をおろそかにした現代の科学技術のようなもので、みな「応用研究」にばかり慣れてしまい、基礎中の基礎である「基礎」の教科書を捨て、そうした「基礎」を飛ばした上での「応用」の専門書にしがみつき、地位と経済力を確保、維持しようと努めている。本当は「基礎」こそが聖典なのに。

 

つまりはみな、足もとを過小に見ている。足もとこそが本来の全て。そこさえ確固としたものにしておけば、あとは野となれ山となれで、台風など反復せずとも、次の台風を、この大空と大地が、自然として与え給うまで、ただひたすらに季節をひととせ待ち通せばいいだけのこと。なのにみな不安で仕方なく、待つことから逃げ、むやみに上辺だけの激情ばかりに群がる。それが現代の「反復芸術」の現実、その実態であるように思います。

 

風が吹いている。ショスタコーヴィッチの10番には、そんな風刺の利いた風が吹いている。そして、人が生み出す台風そのものを笑い飛ばしている。荒れ狂った演奏は、いつしか何ごともない日常へと最後に聴き手を誘う。本来あるべき生の居場所は、そうした平凡であり得難い日常のはず。しかし人は、何故に台風を、つまりは激情を求めて彷徨うのか。

 

七草粥を食べ、お米まで当たれば、それで人は幸せなはず。なのになぜ、むやみに激情など、しかも盲目的に探し求めるのか。平凡という恐怖に怯え、非日常の虚構を崇拝した、それは一種のノイローゼとさえ言えるのかも知れない。

 

平凡な日常、平凡な人生、そして平凡な魂と、己の生を思うのは仕方がない。人や社会が生産をし、消費をし、そして、その繰り返しの中で絶えず生き続けることの意味はと問えば、百代の過客も素知らぬ顔で過ぎ去るばかり。人は何故に生きているのか。人は何故に、この反復されるだけの営みを、時の流れの中に放置されているのか。

 

そう考えれば、そうした悩ましき人々、そして何より私自身の抱える「平凡」のためにも、芸術は存在し給うのだということを、この10番の激情の皮肉が今を笑う。滑稽に、颯爽と、慟哭さえ孕みつつも、しかし温情と理知と軽蔑と、尊敬と罵声と敬虔さと、過去から19世紀、20世紀、そして現代の今にまで続く、人間社会の「世襲」という混沌とした実態の様が、この嵐の音楽の中から浮かび立つ。

 

そして、勇気を込め、今以って万感の一撃が打たれる。

 

笑ってしまえばいい。私たちは、所詮そうやってでしか、本当の意味では生きられないと思うから。涙に血の汗さえ滲む日々を、飼い慣らされた世襲への苛立ちから逃れたいのなら、狂ってしまえばいい。嵐の中を、台風の目の中に飽き足らず、ただむやみに現状を追いかけるだけの愚に、今以って気付くべきだろう。そして死の覚悟さえ乗り越え、その先の世界、つまりは世襲でも何でもない「捨て身の自分」として、台風の目など足もとから捨ててしまえばいい。その安住は、生にとって、守られた意味での嘘でしかないのだから。

 

あなただって、私だって、誰だって、みな台風の目の中の、安住の中の恐怖にもがいている。しかしそこから飛び出す勇気。捨て身で生きることを嗤わないで。そして今の、己が安住の愚にこそ嗤って然るべき。あたなは人であり、生であり、そして尊い魂として、その目の中を抜けるべきだから。

 

世襲の中で、しかし世襲を抜けんと粉骨砕身する人々がいる。今を生きている。そこに命は燃え、生は輝き、人の一生は得難い物語として綴られる。価値ある光は、そうした捨て身の勇気にこそ眩しさを放つ。もしかしたら、直視すれば失明さえするやも知れぬ、黒を白、或いは白を黒の真逆へと反転させるだけの、つまりは時の中にそうした自分自身の価値を生み出し、そして次々と惜しむことなく消費すればいい。消費しただけ、生きただけの生産を続ければいい。それが芸術であり、物語であり、クラシックならクラシック、オペラならオペラ、歌舞伎なら歌舞伎、落語なら落語、そして、鏡獅子なら鏡獅子だと私は思う。そして更に、何より等価の自分自身から逃げてはいけないとも。

 

難曲「鏡獅子」と、ショスタコーヴィッチ「交響曲第10番」の、洋の東西を渡るふたつの物語に触れ接し、ひととき芸術の真価を改めて感じた次第です。今も時々は揺れる、その余震の合間にふと思い浮かべる、津波への恐怖を脳裏に宿しつつ。しかし乍ら何気ない、この七草の日常の中を生きている身として。 [ 16 : 36 ]